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名古屋地方裁判所 昭和51年(行ク)11号 決定

申立人 羽原起興

被申立人 名古屋刑務所長

訴訟代理人 伊藤賢一 服部一磨 ほか二名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一申立の趣旨および理由

(申立の趣旨)

被申立人が申立人に対し、申立外名古屋拘置所長が申立人に対してなした別紙訴状末尾添付書面に記載の各懲罰処分の執行をすることは、本案判決の確定するまでこれを停止する。

(申立の理由)

一  申立人は昭和四八年二月一四日以来名古屋拘置所に刑事被告人として収容されていたが、懲役刑の確定により昭和五〇年一月一六日名古屋刑務所に移送され、昭和五三年一二月一五日まで同刑務所に在監予定の受刑者である。

二  申立人は名古屋拘置所在監中、同拘置所長から別紙訴状末尾添付書面記載の各懲罰処分(以下本件処分という)の言渡しを受け未執行であつたところ、被申立人は申立人に対し昭和五一年九月一三日右拘置所長の依頼により前記未執行の懲罰処分の執行をする旨言渡し、直ちに執行に着手するというのである。

三  しかしながら、被申立人が本件処分を執行することは以下述べるとおり違法である。

1 名古屋拘置所在監中同拘置所長がなした本件処分を、名古屋刑務所に移送された後被申立人が執行する法令上の規定がない。

2 刑事被告人としての申立人に対してなされた本件処分の効力は、受刑者となつた後の申立人には及ばない。

3 名古屋刑務所へ移監後一年八ケ月以上の期間が経過した現在、右処分を執行することは監獄法施行規則一六四条に違反した違法な行為である。

4 申立人は名古屋刑務所に移送された後は平穏良好な受刑生活を送つており、本件処分を執行することは処遇目的に反し不必要であり、懲罰権の濫用である。

5 申立人は国および名古屋拘置所を被告として損害賠償請求事件(名古屋地方裁判所昭和四九年(ワ)第一七九六号)を提訴中であるが、被申立人は右事件における申立人の訴訟活動弾圧を意図して本件処分を執行するものであり、懲罰権の濫用である。

四  本件処分の執行により、申立人は前記別件訴訟事件における訴訟上の権利行使が実質的に不可能となり、さらに回復がおもわしくない申立人の健康が悪化するおそれが十分あり、申立人は回復しがたい損害を蒙るのであるから、右損害を避けるため緊急の必要性があるので、本件執行停止を求める。

第二当裁判所の判断

一  本案訴訟および本件執行停止申立の許容性

1  本案訴訟の形態

本件の本案訴訟における請求の趣旨および原因は別紙訴状記載のとおりであるが、その求める裁判の要旨は「申立人は刑事被告人として名古屋拘置所に在監中、右拘置所長から本件処分を受けたが、執行されないまま刑の確定により名古屋刑務所に移送されたところ、被申立人である名古屋刑務所長は右名古屋拘置所長の依頼に基づき本件処分を執行せんとするものである。しかし被申立人が本件処分を執行することは違法であるから、右処分の執行処分の取消、停止を求める。」というのである。

従つて、かかる執行処分の取消、停止を求めるという申立人の本案訴訟の目的は帰するところ被申立入が本件処分を執行することを予め禁止することを求める趣旨であると理解することができるので、このような目的に合致する訴訟形態としては、被申立人に本件処分の執行をする権限のないことの確認を求める訴もしくは被申立人が本件処分を執行することの差止(予防的不作為命令)を求める訴などがこれにあたると考えられるので、本件本案訴訟もこのような形態の訴訟であると理解したうえで、以下検討することとする。

2  本案訴訟の許容性

被申立人が本件処分の執行に着手する以前にその執行の違法を主張して提起する前記のような訴訟が抗告訴訟の一種として許容されるか否か検討するに、本件処分の執行行為が行政庁の公権力の行使にあたることは明らかであるところ、本件においては後に認定するように、既に被申立人において一度本件処分の執行に着手したが、現在執行停止中であつて、執行障害事由がなくなれば直ちに再度執行に着手するであろうことは容易に予想しうること、右処分が執行されればその性質上原状回復は不可能であること、事前に救済を受ける以外に他に適切な救済方法がないこと等が認められ、このような事前の司法審査が必要不可決な事情のもとでは本件本案訴訟はいわゆる無名抗告訴訟の一つとして許されると解してよい。

3  執行停止の規定の準用の有無

行政事件訴訟法上、取消訴訟における執行停止の規定(同法二五条)が本件本案訴訟のような無名抗告訴訟にも準用されるか否か明文の規定を欠くので考えてみるに、無名抗告訴訟には多種多様の形態がありうるのであるから一律に右準用の有無を論ずることは困難であり、結局個々の無名抗告訴訟毎に検討すべきであると考える。

ところで、本件については、前述のような執行行為の禁止を求めるという本案訴訟の性質上、執行停止の観念を排除すべき理由はなく、その必要性の認められることは行政処分の取消訴訟の場合と全く同様であるから、本件につき執行停止の規定の準用があると解すべきである。

二  事案の概要

本件各疎明資料によれば申立の理由一の事実および次の事実を認めることができる。

1  申立人は名古屋拘置所在監中、同拘置所長により本件処分を受けたが、椎間板ヘルニアのため右処分の執行を停止されていたところ、刑の確定により右処分未執行のまま名古屋刑務所に移送収監された。

2  名古屋拘置所長は昭和五〇年一月一六日右移送に際し、被申立入である名古屋刑務所長に対し、本件処分のうち資格移動により失効した自弁衣類臥具着用停止を除いた部分の執行依頼をなした。

3  申立人は名古屋刑務所へ移送された後も腰痛を訴えたので、同刑務所の病舎に収用され、前記処分の執行は依然として停止されていたが、その後症状は回復し、懲罰処分の執行に耐えられる状態になつた。

4  そこで被申立人は昭和五一年九月一三日申立人に対し、名古屋拘置所長の依頼による前記処分を執行する旨言渡し直ちに執行に着手した。

5  ところが申立人は昭和五一年九月一五日再び腰痛を訴えたため、執行は再び停止され、現在に至つている。

三  本案の理由の有無について

1  刑事被告人として拘置所在監中拘置所長がなした懲罰処分を、刑の確定により刑務所に移送された後刑務所長が執行することが違法であるかどうかについて判断する。

監獄法に基づく懲罰は監獄拘禁下にある者に規律違反がある場合、監獄の秩序維持のために科せられる行政上の制裁であり、懲戒罰の性質を有するものである。従つて監獄法に基づく拘禁状態が継続する限り、懲罰処分を言渡された者がその執行前移監により拘禁施設が異なることとなつても移監前の施設で言渡された懲罰処分は失効することなく移監後の施設においても執行することができるものであつて、監獄法施行規則一六二条二項、同一六四条の趣旨からも明らかである。

そして、このことはいわゆる未決拘禁から既決拘禁へと身分の変動があつた場合も同種である。在監者はすべて一律に監獄法に定める一定の紀律、秩序の維持に服すべきものであるから、未決拘禁中科せられた懲罰処分が未執行である場合、刑の確定により受刑のため収監された後においても、当該刑務所長は右処分が執行できる種類のものである限り、これを執行することができるのである。従つて本件において、被申立人が本件処分中軽屏禁について執行することは適法であつて、申立人の主張は失当である。

2  懲罰処分を長期間執行せず、現在に至つて執行することが違法であるかどうか。

前記認定のとおり、申立人が本件処分を言渡された後疾病にかかつたため、名古屋拘置所長および被申立人は監獄法六二条にもとづき執行を停止したものであり、適法な執行停止と認められ、右執行停止事由が止んだ時点で執行に着手することは決して違法でない。

3  本件処分の執行は懲罰権の濫用となるかどうか。

懲罰処分は特別の事由のない限り執行すべきものであるところ、本件処分の内容が軽屏禁であるから、その執行により在監者としての申立人の身体の自由はより制限されるので、前記損害賠償請求事件における申立人の訴訟活動が従前に比しある程度制約されることは否定できないとしても、かかる不利益は懲罰処分を受けたことによる当然の結果としてやむをえないことというべく、本件において、被申立人がことさら申立人の訴訟活動の弾圧を意図して本件処分を執行しようとしているとの事実を認めるに足りる疎明はない。

さらに、懲罰処分の執行を免除するかどうかは当該施設の長の自由な裁量に委ねられていると解されるところ本件処分の執行を免除しないことが被申立人の裁量の範囲を逸脱していると疑わしめる疎明はない。

従つて、本件処分の執行は懲罰権の濫用にあたるということはできない。

以上によれば、申立人の主張する違法事由はいずれも失当というべく、他に本件処分の執行が違法である旨の主張、疎明はない。

従つて本件執行停止の申立は行政事件訴訟法二五条三項の本案について理由がないとみえるときに該当する。

結論

してみると、本件申立はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 山田義光、窪田季夫、辻川昭)

訴状

請求の趣旨

一 被告の原告に対する懲罰執行処分は不法無効であるから同処分を取消し原告の現状を回復せよ。

被告が右不法懲罰を執行した場合は、被告は原告に対し、慰謝料として金五、〇〇〇、〇〇〇円(内金三〇〇、〇〇〇円)および年五分の割合による損害金を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに本訴確定まで右不法懲罰の即時執行停止の決定を求める。

請求の原因

一 原告は昭和五〇年一月一六日より昭和五三年一二月一五日まで、肩書所在地の名古屋刑務所に懲役受刑者として在監中の者であり、被告は右同所において法令により原告を拘禁し看守し護送する職務に従事している者である。

原告は前記入所日時より現在まで、同刑務所第一病棟一階七房に腰痛のため疾病人として入病加療中の身であるが、近く退病して通常の一般受刑者処遇に転入するにあたり、被告は右退病と同時に原告に対し、原告が同刑務所入所前の施設である名古屋拘置所(名古屋市東区上竪杉町二-二所在)に刑事被告人として在監した昭和四八年二月一四日より同五〇年一月一六日までの間、同拘置所内で規律違反として懲罰の言渡しを受け、未執行になつている懲罰(別紙記載)を同拘置所長より委託されているから、これを被告の権限において直ちに執行するというのである。

二 しかしながら、被告のいう委託懲罰執行なるものは現行の監獄法および同法施行規則等法規に規定されていないものであるから不法無効である。

また同法施行規則第一六四条(移監と執行再開)所定の規則においても、「懲罰ニ処セラレタル者移監ニ因リ受領シタル監獄ニ於テハ収監後三日以内ニ懲罰ノ執行ヲ開始ス可シ」(同一項)と執行開始期限が法令で限定されているのあるから、被告が原告収監後一年八か月を経過した現時点で当該懲罰を原告に義務づけ執行すること自体既に失当である。

次に被告は、原告の疾病上の理由により懲罰の執行停止をしていたから退病と同時に執行をするのは正当だと理由づけるが、移監前の施設(名古屋拘置所)での原告に対する未決(刑事被告人)処遇における懲罰の言い渡しと執行停止の効力が、移監後の施設(名古屋刑務所)の原告に対する受刑者にまで及ぶものではないし、それを適法正当とする法的根拠はないから、この点についても被告は監獄法第六二条一項および同施行規則第一六四条の法令を恣意的に拡張解釈乱用したものであつて失当である。

加えて当該懲罰は、原告が被告の管理掌握する名古屋刑務所内で規律違反をしたとして言渡しを受けたものではなく、同刑務所内においては入所以来現在まで何ら規律違反もなく平穏良好な受刑生活を送つてきているものであるから、現時点でことさら前施設に係わる当該懲罰を原告に義務づけ執行したとしても被告にとつて何ら実益効果もないことはいうまでもないことであり、かつ、被告独自の処遇目的からいつても無為不必要なものである。

さらに当該懲罰の当否についても、原告は現在名古屋地方裁判所に国および名古屋拘置所を被告加害者とする民事訴訟(同裁判所昭和四九年(ワ)第一七九六損害賠償請求事件)を提起しており、同事件の請求原因として当該懲罰の不法不当性を訴え立証しているのである。すなわち当該懲罰は、いずれも加害者である名古屋拘置所看守が、原告に対し不法な暴力制裁を加え、その被害を外部に訴えた原告をさらに報復し封じ込め訴権行使弾圧の手段として、原告に不当な義務強要や挑発をなし、もつて規律違反をでつちあげたものにほかならないのである。

従つて、右懲罰権の乱用である不法不当な懲罰をその経緯や事情に無知な被告が、単に前施設からの引継ぎという不法な手段に託して事務的に原告に高圧するというのはきわめて不穏当過酷な取扱いである。

かかる被告の処分は、前施設が原告に対し管轄外の施設における当該懲罰執行と、その効用である訴権行使弾圧を意図した卑劣な策謀に積極的に同調加担するもので、明らかに懲罰制度の趣旨から逸脱した無謀きわまりないものである。なぜなら懲罰の目的からいつても、被告の施設で当該懲罰を執行しても何ら利益や効果はないのであるから、それを敢えて強行しようとする以上、当然別な利益や効果を前提にしてやるものと解して相当である。

すなわち、当該懲罰執行によつて原告の前記別訴訟に係わる訴訟手続立証活動等の権利行使を妨害阻止し、かつ当該証拠資料を奪取隠匿して同訴訟の被告側(国・名古屋拘置所)の防禦に実質的な利益効果を得ようとするものであり、のみならず原告に不当懲罰を高圧することで原告の反発を期待し、その現象をとらえて難癖や言いがかりをつけ、もつて問題化し過酷な制裁を加え孤立させ困窮に至らしめ、あわよくば同訴訟の一切の権利行使を放棄させんとするにほかならないのである。しかのみならず、被告の施設(名古屋刑務所)には、かつて名古屋拘置所において原告同様の被害を受けた者が多数受刑者として在監しており、なかんずく原告の証人として前記訴訟に関係していることでもあるゆえ、原告の退病によりそれらの者と接触確認する機会が生じると当該訴訟の被告側に不都合不利益なので、これを阻むため当該懲罰執行を利用せんとしているにほかならないのである。

このことは、被告の施設(名古屋刑務所)に当該訴訟の加害者である名古屋拘置所看守が転勤して現に存在すること(ちなみに現(名古屋刑務所)総務部長赤尾某、同保安課係長加賀国雄、同看守佐々木某、同加藤某等、その他にも多数未確認の看守がいると思料される)から、従前被告が原告の当該訴訟に係わる立証活動をしばしば妨害阻止し実質的な製肘を加えてきたことでも明らかなことである。つまり被告は当該訴訟の被告加害者らと同職のよしみ同管轄下の緊密関係から結託通謀して、かかる不当懲罰を原告に強要しているわけである。

従つて、被告の原告に対する当該懲罰執行は、唯一原告の訴訟上の権利行使を妨害阻止するためのものであり、明らかに不法不当な懲罰権の乱用にほかならず、これは被告の権限を悪用した処分にほかならない。被告が原告に対して何ら予断や偏見なく、また当該訴訟にとらわれることなく、原告に対する独自の処遇を少なくとも誠実に施す意思があるならば、被告の施設に無関係な当該懲罰は原告の現在の施設生活の状況に照らして敢えて不必要なものであるから、被告の裁量により免除して穏当な処遇を施すのが相当である。

原告は当該懲罰を執行されることにより、当該訴訟上の権利行使が実質的に不可能になり将来回復し難い多大な不利益を免れないばかりでなく、身体的にもいまだ疾病状態がおもわしくなく、体調も回復しつつある時期において、運動入浴を禁じる非衛生的な処遇を受ければかえつて病状が逆行悪化することも充分に危倶され、その不利益をも免れないのである。

従つて、被告は当該懲罰執行の処分を取消して原告の不利益な現状を回復し、被告が右不法不当懲罰執行を強行した場合は、原告に対し精神的身体的慰謝料として請求の趣旨記載の損害金を支払うよう求める次第である。

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